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 いおり鍼灸院 理念と提案 ~ 医は 医なきを期す ~

理念イメージ

人間は肉体と心と魂の存在です

人間は、まず肉体をもらいます。そして、魂が宿ります。それから心の動きが生まれます。
心は、生れ落ちた環境の中で様々に動き、感情と云う「気」が生まれます。

病は存在の中で生じ、存在は関係性で成り立っています。
人でも、物でも、存在するものはすべて関係性から自由であることはできません。

病の本質は関係性の中にあるというのが私の信念です。

長い臨床経験において、まれにではありますが、治療中や治療後に訳もなく涙が出てきたり、場合によっては遠い過去の記憶が、感情を伴ってよみがえってくる方がおられます。

肉体に鍼をすることで、閉ざされた「気」が動き出し、流れ始めることによって過去の感情や記憶が意識上に現れ、そして開放されると言うプロセスが始まるのです。記憶が出てこなくても、理由なく泣けてきたり、怒りがこみ上げてくるという方は、数え上げればきりがありません。肉体と心と魂は重複し、連続している存在なのです。

意欲的な行動は楽しさや喜びを伴い、疲れを感じにくいもの

私たちの社会では、成長する過程で感情の抑制方法を学びます。分別ある大人として社会に出ていくために必要なことだからです。
しかし、それは同時に自己抑圧ともなります。自分の中で湧き起こる感情に我慢や制限を加え、自分で自分の「気」=エネルギーをせき止める事を学んでしまうのです。

感情の流れをせき止められた心は次第に生き生きさを失い、顔の表情も乏しくなり、意欲的な行動はおろか、駆り立てなければ動けなくなります。この傾向は次第に低年齢化しつつあり、且つ深刻化しつつあります。そして、こういったことを自覚することさえ困難な状況に陥り、心の混乱と肉体の異常を訴えて来院されるというケースが後を絶ちません。

意欲的な行動は楽しさや喜びを伴い、あまり疲れを感じさせないものです。
反面、駆り立てた行動は、怒りや失意、回復しがたい疲労をもたらすのです。

病には、単に飲食や起き伏しなどの生活習慣を変えるだけで解決できるものもあります。
膨大な量の情報が錯綜する今日、食べ物や食習慣・生活習慣を改めて見直すことは必要不可欠になってきています。
しかし、たとえ飲食や飲酒の誤り、また過労から来る病であっても、何がこの人をして食べさせるのか、そして駆り立てるのかということが見えてこないと、本当の解決にならない場合があまりにも多いのです。禁欲的生活が、逆にストレスとなって人を苦しめてしまうこともあります。

「生き生きと健康に、より良く生きる」ことは難しいことではありません。

病を治すとは、自分自身との関係、自分と家族・人との関係、そして自然界や自分をとりまく環境との関係性を取り戻すことであると提案します。

いおり鍼灸院 院長 金澤秀光

当院が<患者さまの声>を掲載しない理由

 当院は、平成元年3月の開業以来27年になります。その間、多くの患者さまから「病気が治った」喜びだけではなく「こんなに幸せに暮らしています」「人生が変わりました」等々、治療関係が終わった後も直接ご挨拶に訪ねて来られたり、多くの手紙やメールを頂いたりしております。
そのような方々にお願いをして、その純粋な喜びの気持ちを、宣伝に使うことに抵抗感を感じるのです。ましてや、治癒して当院から離れようとしている人に、喜びの気持ちを文章にして下さいとお願いするのは、私の感覚としては抵抗を感じます。

良くなられた方からの喜びや感謝の気持ちは、私にとって大きな励みになることは間違いありません。
けれどもそれ以上に、自分にとって鍼術の向上の大きな原動力になったのは、一生懸命に治療を行っても良くならない方の存在です。
苦しみを持ちながら、希望を見いだせないまま当院を去って行かれた方が少なからずいらっしゃいます。
そのような方々に思いを馳せる時、当院の素晴らしい面だけを強調することに違和感を感じるのです。光があれば影が在るのは当然です。

 開業以来27年。私は56歳になりますが、今もって「全」に至っていません。
しかしながら古人によって鍼術の奥深さに導かれ、当院を必要として下さる人々によって存在が許され、今日に至っております。
感謝の思いは、当院の側にこそ大きく存在しています。

座右の銘のひとつ。敬愛する『傷寒雑病論』の著者「張仲景(150?~219)」先生の序文の一節をここに引用いたします。

≪雖未能尽愈諸病,庶可以見病知源。≫
『私はまだすべての病を治すことができないが、医学に携わるみなさん、どうか病人に接しましたら、その病の本当の原因をつかんでください。』(意訳:金澤)